なぜ、ダイビングなのか
探検し、自然の保護と永続のために
Sally Ward Spring, Wakkula, Florida
フロリダ州、サリー・ウォード・スプリング
ハルシオンで働く私たちにとって、ダイビングはただの“週末のお楽しみ”ではありません。
それは:
●レギュレーターの1呼吸で始まるエキサイティングな冒険。
●減圧水深54mから見上げるボートとコバルトブルーの世界。
●心の奥まで癒されるひととき。
●巨大サメとの遭遇の記憶。
●見るたびにつのる、“水中洞窟”探検願望。
●自動車より高価なダイビング器材。
●初めての減圧体験を、友と語るケイマンの夜。
●あえて水温10度、視界3メートルのダイブをする心境。
●自分だけの世界を知る瞬間。
なのです。
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2004年:ビミニでカタログ写真撮影中の、
ジャロッド・ジャブロンスキーとロバート・カーマイケル |
ハルシオンは、ダイバーが本当に必要な器材はなにか、しかもどのダイブ・ショップにないことを痛感したダイバーのグループでした。ダイビングへの情熱がビジネスへと発展しました。自分たちの満足できるウィングとライトを設計することからスタートとしましたが、すぐに私たちの器材の設計思想が、“Doing It Right”ダイビングの理念と共通していることに気がつきます。
ロバート・カーマイケルは、フォーとローダデールに避寒にやってくるヨットマンたちに、マスクやフィンを売っていたティーンエージャーのときから、つねにフロリダのダイビング業界の中心的存在でした。ブラーニーズ・サード・ラング社の経営者として、ロバートは、とくにフロート式フーカー・ダイビングの普及に尽力してきました。1990年代半ばに、ロバートが開発したハルシオンのオリジナル、リブリーザーは、ウッドビル・カースト・プレイン・プロジェクトの中の、ワクラ・スプリングス・ケーブ・システム(洞窟群)の記録的な探検の中心的な器材として使用されました。
そのころ、ジャロッド・ジャブロンスキーは、ジニー・スプリングスのトレーラー住まいの大学生で、陸上よりも、レギュレーターで呼吸していることが多いような、ダイバーの一人でした。ダイビングを教える一方で、北フロリダの先端的でケーブ・ダイビング・チームのリーダーでした。ジャロッドはブラーニーズの工場で、自分のダイブチーム仕様の、シンプルな浮力システムを作り始めます。 その間、ジャロッドは、探検レベルのダイビングをするには、高度のチームワーク、浮力調整スキル、目的に合った器材選択などを、生徒に教えることの重要性に気づきます。
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1999年:トッドキンケイド、
リチャード・ランドグレンと、 ブリタニック号のダイブプランを検討する ジャロッド。ジャブロンスキー(左) |
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1999年:ハルシオンはブリタニックの
謎をとく、GUEの探検プロジェクトを支援。 |
ハルシオンの製造部門の主要なスタッフの経歴は、学術研究者から生産コンサルタントまでさまざまですが、だれもが平均20年ものダイビング経験の持ち主ばかりです。
ハルシオンのスタッフに“なぜ、ダイビングをするのか?”と尋ねたら、返ってくる答えはさまざまでしょう。例えば、ハルシオンのカタログを飾る水中写真を撮るデビッド・レアにとっては、
ダイビングする理由?、
ダイビングは私の人生だし、情熱、
そして何よりも愛してるからさ。
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